620 >>615 その後の展開はご存じのとおりだ。2006年、安倍は「逃げるわけにはいかなくなった」として小泉のあとを受けた自公連立政権の総理大臣に就任。 その後下野して、3年あまり続いた民主党政権の間も、自民・公明の協力関係は崩れずに2012年政権を奪還し、そのタイミングで安倍が二度目の総理大臣に返り咲いた。そしていまだに"同床異夢"の自公連立政権は命脈を保っている。 「平和の党」を金看板とする公明党。保守色の強い安倍総理の下では危機的な状況が何度も訪れた。公明党の支持母体・創価学会の関係者が語る。 「安保政策などでついていけないので野党に戻ってもいいという主張は、学会の中でつねに一定程度ありました。しかも安倍さんと山口(那津男)代表は、まったくケミストリーが合わなかった。ランチ会なんて冷ややかな雰囲気でしたよ。 でも、いざというときは安倍さんと仲がいい太田(昭宏元代表)さんが間を取りもった。そして菅(義偉元)官房長官は創価学会の佐藤(浩副会長)さんと太いパイプをつくり、さまざまな裏調整ができました。 それに何と言っても、自民党の二階(俊博前)幹事長が徹底的に公明党議員の面倒を見た。 匿名さん2023/08/02 06:56