703 総務会工作を貫いて反松野の総意を結集、この人事案をボイコットしてしまうためであった。 事態を重視した三木首相は党本部に乗りこみ、ここで三木と大福の三者会談が始まった。もちろん松野案に大福は反対した。三木首相との間に新たな抗争が生じた。総務会でも同じ現象が生まれ、三木、中曽根両派以外の総務は全員一ヵ所に集合して事実上 総務会の決定は不可能となった。今度は中曽根派も弱い。中曽根幹事長の代わりに桜内総務会長を守るのだから当然そうなるだろう。三木首相の案は三木派単独の戦闘力で貫くしか方法はなくなってしまった。 三役人事はこうして完全に暗礁に乗り上げた。 今日中の組閣は困難になるだろう。これは私の予想した通りの成り行きであった。〈このまま一日もめばよい〉と私は思った。こういう状態の中では 三木と大福との三者会談が一切を決める場とならざるを得ないからだ。 昼すぎ、大平は一旦 宏池会に引き上げてきた。第一回の会談では話し合いがつかないのだ。次回は灘尾総務会長、中曽根幹事長、それに大平、福田の四者で話し合う、という。 大平はまた この四者会談に出かけていった。 伊藤昌哉2019/04/21 23:00
704 このとき私をよんで「どういう構えで話せばよいか」ときいた。私は即座に 「なぜ われわれ大福の二人がよばれなければならないのか。『総務会長の灘尾さんが総務会をとりしきればいいではないか』とつっぱねよ」 「どうしてもだめなら松野頼三と取引せよ (松野は大蔵大臣になりたがっている。大平が幹事長になり 松野が蔵相になればよい) 」 と述べた。 大福と灘尾・中曽根会談も物別れとなり、党二役 (中曽根と灘尾) と幹事長候補の松野は別室で三木首相と相談した。暫くして松野が大福のところへ連絡にきたらしい。「君は大蔵になれ。おれ (大平) と入れ替わったらどうか」大平は松野にそういった。松野は「三木にきいてみよう」といって部屋を出た。大平の感じでは松野は「一旦 取引に乗った」という。だが三木首相がこれを拒否した。大平が三役に入れば内田 (大平派) はとれない。党三役構想は根本的に考え直さねばならぬ。おそらく三木は ここで初めて大福の意向を知り、一瞬 戦慄したことだろう。 「松野、桜内、内田はワンパッケージだ。これは壊せない。これが崩れたら改造人事は一変してしまう」こういって三木首相は頑張った。 伊藤昌哉2019/04/22 00:00
705 結局、窮余の一策として内田幹事長、松野総務会長、桜内政調会長の三役に変わった。「組み合わせ」は変えずに「順列」を変えたことになる。これが夕方の4時だった。ここでも三木の粘りが勝った。 ところが今度は内田が幹事長を引き受けない。党本部から宏池会に引き揚げた内田は記者団を前に「引き受けない」と公言してしまう。大平が説得し、小川平二、鈴木善幸が説得し、珍しく宮沢喜一がとんできて内田を説得した。宮沢は「これは交通事故のようなもの。是非とも引き受けよ」と述べた。 それでも内田は頑として受けず、三木首相に直接電話して断ってしまう。暫くして海部官房副長官がとんできてきた。 「これが壊れたら人事は崩壊し、三木内閣は危機に陥る」 海部の顔は異様に歪んで見えた。私はこのような海部の顔を見たことがない。 「ともかくも三木首相に会え」 となり、佐々木義武、谷垣専一の両代議士が介添えとなって内田を官邸の三木首相のところへ送りこんだ。話し合いの結果 「どうしても代案がない」 となり、内田幹事長が決定した。 〈政策マンの内田が汚れ役の幹事長になる〉とはおかしなものだ。もののはずみというか、勢いというか。 伊藤昌哉2019/04/23 00:00
706 〈どうしてもそうならねばならないとなって、そうなることがあるものだ〉と私は思った。これで大平の幹事長はひとまず先にのびることになる。 福田が三木首相によばれ、10分ほどして大平が官邸に出かけた。組閣の呼び出しが始まったのだ。大平は宏池会からの出がけに私を呼び 「野沢 (福田の私邸) はおれに閣内に残れといった。野沢には悪いがおれはやめるよ。やめても宏池会は三閣僚を確保しているからな。ブーちゃん、この旨を後で野沢に連絡しておいてくれ」 大平はそういった。 「これで組閣はきまるな」 と思ったら、とたんに疲れが出てどうしようもない。私は家に帰ってテレビを見た。「大平留任」となっている。不思議に怒る気にもなれない。「組閣参謀となった内田幹事長に大平が口説かれた」と私は反射的に思った。 夜11時すぎ、三木改造内閣は発足した。宏池会からは天野公義 (自治相) 、浦野幸男 (労相) の新入閣者がきまっていた。外相となった小坂善太郎は「自分は大平派ではない」とテレビで公言した。大平、福田の二人はそろって留任したが、挙党協の幹部は全員入閣せず、三木首相に好意をよせる親三木派の人々で内閣は固められていた。 伊藤昌哉2019/04/23 22:00
707 翌日の9月16日、大蔵省で大平と会った。 「内田君が幹事長として組閣に参加し、よくやってくれた。大平派の三閣僚は確保された。小坂善太郎君の外相は枠外として宏池会から外してくれた。この内田君の努力でおれはやめられなくなった」 大平は真相を話した。三木首相と喧嘩しておきながら蔵相に留任するのはおかしな話だが〈まあいいさ〉と私は思った。 三日後、私は福田副総理に会いにいった。大平の伝言はとうとう連絡できずに終わったし〈今さら話してもせんないことだ〉と思っていた。福田は 「なぜ大平君は留任したのだろう。自分は松野、早川崇らと一時間半も話をしていて、私と話す時間的な余裕はあったはずだ」 といった。私は明確な返事はできず「結局、内田幹事長の就任との経緯から断れなかったのだ」と説明した。組閣の当日、福田は「大平の留任をきいて、慌てて福田も留任の肚をきめたのだ」。確かに福田としては大平の去就については心外であった。 松野は総務会長に就任したのを機会に福田派から出ることになり、福田副総理は多少気落ちしていたように思えた。 「今月一杯は動かず、来月 (10月) から動く」 と福田は述べた。 伊藤昌哉2019/04/23 23:00
708 「どうやら三木首相は改造人事に既に着手し始めたらしい」 翌9月1日、そんな噂が飛び始めた。 事実、総務会、閣議を終えた31日の夜、三木はその得意とする電話戦術で何人かに入閣の打診を始めていた。その一人は小坂善太郎であった。 小坂は派閥の籍は大平派に置いているものの、とうに大平に愛想づかしをしていて 「自分は一人でも大平派を飛び出る」 と高言したことがある。その時は弟の小坂徳三郎が 「それは穏やかではない」と、とりなし、形の上では大平派に残ったものの、自ら政策研究グループ「千代田会」を結成した。いってみれば事実上は中間派的な立場に立っている。それだけに三木としては小坂に声をかけやすかった。 「ねえ、小坂君。僕としては五役の収拾案で時局を乗り切りたいと考えている。僕自身の出処進退や解散総選挙のことは、自分の立場として明言はできないが、とにかくこの際は五役収拾案に謳ってある通り、内閣改造と役員改選を行うことで臨時国会を召集し、これを乗り切っていきたいと思う。そういう際、君は外交をあずかるというような仕事を引き受けてはくれまいか」 戸川猪佐武2019/04/24 00:00
711 三木の電話魔作戦がいよいよ始まったかと半ば苦笑を洩らしながらも、小坂は 「私なりの考えがあるので具体的になればご相談に応じますよ」 と答えた。 三木は福田派の早川崇にも電話をかけた。 早川はもともと国民協同党以来の三木派であった。それが39年の総裁公選で三木が池田勇人首相の三選支持に回った時、早川は三木派の中の十人ほどを率いて敢えて佐藤栄作支持に決起し、そのあたりから亀裂が生じ始めた。 47年の総裁公選を前にして早川は福田支持に走り、田中支持に立った三木と袂を分かつことになった。それ以来、早川は福田派である。とはいいながら福田派の中では外様であった。 福田派の大勢が園田直の強行突破作戦に傾くにつれて、早川は批判的な態度を示し始めた。 「この際は執行部収拾案でまとめ上げるべきだ」 早川はその考えに立っていた。それを知って三木は早川に電話で協力を求めたのである。さらに三木は船田派の原健三郎、無派閥の山中貞則にも電話をした。原は船田派ながら党顧問会議では 「ロッキード事件の処理、総選挙という事態を考えれば、この際は三木政権で進むべきである」 という意見を開陳している。 戸川猪佐武2019/04/24 22:00
712 また山中は中曽根派を脱派し一匹狼的な存在になっているが、反主流派には批判的であった。むしろ かつての独占禁止法改正に臨んでは、三木の委嘱を受けて党内意見のとりまとめに力を貸した経緯もある。 そのように三木は派閥を問わず、自分に好意的な人たちに片っ端から電話をかけて協力を求めた。そうした三木の電話作戦は噂として党内に流れた。するとたちまちの間にそれに尾ひれがついた。 ー内閣改造を行えば原健三郎は労相として入閣だ。 ー山中貞則は防衛庁長官ではあるまいか。 ー小坂善太郎は外相らしい。 ー早川崇は昔とった杵柄で自治相だろう。 というのがそれらの噂であった。また党役員については 「三木自ら本格的に総選挙に取り組むということになれば、右腕と頼む河本敏夫を幹事長にもってくるだろう」 「いや、そうではなく、福田派との連携を考えて松野頼三政調会長を幹事長に横滑りさせるのではないか」 「しかしそれでは反主流派が承知しないだろう。そこで反主流派としては改造改選にあたって三木を抑え込み、総選挙前に退陣させるために大平正芳か保利茂を幹事長に送り込むのではないか」 戸川猪佐武2019/04/24 23:00